2016/04/04
「語るべき歴史」夢のパーミアコン

平成17年から始めた、
水を吸い込むコンクリートの事業(透水性コンクリート)
当時はとても珍しく、
生コン工場で透水性コンクリートを営んでいるところはほとんどなかった。
当時から今にいたるまで、透水性コンクリート舗装といえば、
佐藤渡辺社のパーミアコン
が定番となっており、
後発メーカーとして、長岡生コンクリートは、パーミアコンに果敢に挑戦した、という形である
パーミアコンが我が国における透水性コンクリートの市場を作ったのは事実である。
そして、未だにパーミアコンは透水性コンクリートの代名詞となっている。
パーミアコンを開発し世に広めた同社の底力を僕は尊敬している。
当時の僕は、とにかく自分の透水性コンクリートの優位性をひたすら顧客に伝えることで受注を狙った
営業をろくにしたこともない青年が、
情熱と若さだけを売りに、
東京や横浜に毎日車で通っては、「造園」「建設」「道路」と名の付く業者に飛び込み営業を繰り返した。
日に10件~20件という飛び込み営業を繰り返したものの、
ほとんどは門前払いの連続で、
気持ちが折れそうになったことも多々あったが、
中には「よし、使ってみよう」という奇特な(そして、今ではとても大切な)チャレンジングなお客様に出会うことができた。
その時につくづく気づいたこと。
・お客様は欲しいと思ってるのに、作り手(生コン工場)は面倒くさがってやりたがらない
・それでもなんとか説得して練ってもらうので、結果的に高いものになってしまう
・遠くから運ぶことが多いので品質管理がうまくいかず、結果取り壊しなどでお客様の信頼を壊す
・工事業者さんも初めて目に触れる製品なので、工事の要領をうまくつかめない
etc...
青年の情熱と夢は見事に打ち砕かれ、
パーミアコンのように、世の中に普及することは難しかった。
新規事業につきものだが、
一番楽しい時期は事業計画を練っているときで、はっきりいって夢にあふれている。
ひとたび事業を推進すると、とたんに現実というやつに阻まれる。
そうそう簡単には進まない。
思った通りにいくことなど、一つとしてない。
ただ、自分がこうだと思っている仮説を実際に現実にぶち込んでみると、
現実という刃物にばきばきに削られてもどってくる。
その繰り返しの中で、原理原則に基づいた事業というのが削り出されて、
本当の姿が浮かび上がってくる。
今、僕たちGNN元気な生コンネットワークが軌道に乗せることに成功した透水性コンクリート。
これは、現実を直視して生み出された付加価値となった。
・生コン工場にとって面倒なことが一つとしてない(通常の製造ラインと異なるところが一つとしてない)
・工事業者にとっては土間コンよりも施工が楽→通常の生コンのように気軽に注文ができる
・GNN加盟の生コン工場は全国にあるから、供給体制も全国規模
・材料販売で好きなタイミングで工事ができるから、小規模な工事(住宅カーポート)でも届けられる
世の中が洪水やヒートアイランド現象などの環境問題を憂いているのは事実
そして、僕たちは当事者
夢を描き、現実に合わせてみて、そぐわないものは正す。
その繰り返しを続けて行く過程で、少しでもいい環境が生まれていることが実感できれば、
作り手としてそんなにハッピーなことはないのではないか。
佐藤渡辺社の努力、パーミアコンの価値を、改めて尊敬する
宮本充也