長岡生コンクリート
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2021/10/28

「犠牲者の数は報道されても、その土木構造物のおかげで助かった人数は報じられない」

「犠牲者の数は報道されても、その土木構造物のおかげで助かった人数は報じられない」

「知られていないことは存在していないのと同じこと」。顧客がおよそ公的発注機関であるため長年内向きの構造を形成してきた建設、とりわけ土木の課題は「情報共有」にある。せっかくの価値を埋もれさせてはならない。



価値は共有・発信しなければ存在しないのと同じ

やはり、というべきか、鹿島の坂田昇さんと東大の野口貴文先生の対談は封切り後ロケットスタートを記録し1週間もたたないうちに1,000再生の大台を記録しようとしている。

チャンネル登録者数も100人を超えて勢いがついている。

先日、そんな鹿島の広報担当の方とお話をしていて身につまされた。

「犠牲者の数は報道されても、その土木構造物のおかげで助かった人数は報じられない」

あるいは、水害など災害時に救出している(後始末)レスキューの様子は華々しく報じられる一方、そんな災害を起こさないように建造されるダム建設 (前始末)にはメディアの光は届かない。

むしろ、「税金の無駄遣い」くらいのことを言われ悪者にされる。

おかしな話だ。

だが、これが現実。

どうしてこのような現実が構築されてきたのか。


生コンクリートもそうだが、産業構造が実に内向きになっていることに原因があるように思う。

土木(堰堤、トンネル、橋脚など)の顧客(発注機関)がおよそそうであるように、ほとんど特定の公共機関をいただきにおいたカースト構造。

発注機関が神様だとすると、ものづくりラストワンマイルは底辺。

ポーラスコンクリートや流動化処理土などのいわゆる「営業」は個人的に21年目を数える。

身につまされることは、特定の顧客(公共事業)と一般消費者の間には深淵なる溝があるということ。

一例をあげよう。

ヒートアイランド現象やゲリラ豪雨などにより引き起こされる水害を緩和するテクノロジーは存在する。

当社が16年携わっているポーラスコンクリート舗装などはまさにそれだ。

怠けていたわけじゃなく、当然名だたる発注機関やゼネコンなどに売り込みをかけた経験を持っている。

果たして全く売れなかった。

そこには前例踏襲という見えない鎖がある。

総論では「ポーラスコンクリート使うべき」なのに、各論では意思決定ができない。

組織に従属する個人は一般消費者とは違う。

本当の意味で課題意識を感じることはない。

一方、インターネットマーケティングで経験したことは真逆だった。

家を建てて庭を整備しようとする消費者にとって課題は明白だ。

「雑草に悩まされたくない」

「ぬかるみを解消したい」

まさに自分ごととして彼らは主体的に行動を起こす。

(例えば、ドライテックを最寄りの施工店に注文するなど)

稟議や社内決済などのプロセスも不要だ。

せいぜい奥さん(あるいは旦那さん)の了解を得ることくらいか。


ニーズ(例えば公共機関における水害対策)は実感できる。

役所など組織の個人はそのニーズ(あるいはチャンス)を知覚・理解したとしても、それを行動に移すまでには階層で隔てられたトップマネジメントの承認を必要とする。

しかも、そのニーズに対してのアクションが失敗に終わった場合、その個人は責任を追求される。

志ある個人がそのうちに腐ってしまうのも仕方のないことだ。

長年内向きな階層構造を前提としてきた建設、とりわけ土木業界においては何か違ったこと、変わったことをしようとすることは煙たがられる。

残コンなんかもまさにそうだ。

見て見ぬふりを大の大人が何千何万人と決め込んでいる。

それでいてtvcmでは「子供に誇れる仕事」などと嘯いている。

それでも世界は待ったなしの状態で変化し続ける。

建設、土木、生コンだけがその変化に追従せず、自分たちの殻に閉じこもり続けることは果たして可能なのか。

例えば、100人の犠牲者を出した災害があったとする。

メディアはこぞってその犠牲者の苦悩やそれが起きた原因を取り沙汰す。

インフラを整備した土木会社は常に批判の的だ。

ただ、考え方を変えて見たらどうだろう。

「もしも、この土木構造物がなかったら、10,000人は犠牲になっていました」

このように報道されたら土木やコンクリートに対しての世間の見る目は変わるのではないか。

これが、情報共有、情報発信だと思う。

土木に圧倒的に足りないのはこの情報戦略。

ちなみに、冒頭の鹿島のYouTubeチャンネル登録者数を例として引きたい。

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チャンネル登録者数1090人(2021/10/28現在)。

あの、スーパーゼネコン、鹿島の数字だ。

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一方、田舎の生コン屋が運営している生コンポータルのチャンネル登録者数は1360人(2021/10/28現在)。

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こちらはショート動画のアカウント2480人(2021/10/28現在)。

組織の規模として3桁も小さな中小零細企業のチャンネル登録者数の後塵を拝す結果だ。

(これは批判している訳ではなく、およそのスーパーゼネコンがこのような有様となっている。業容から考えれば100万人規模のチャンネル登録者数だったとしてもおかしくない)

このように、建設のトップランナーですら実態はほとんど一般に知られていない。

これが、「伝えてこなかった」土木、建設の実態だ。

これでは僕たちが果たしている社会貢献が無視され不当に低く評価され、ますます産業は縮小に向かう。

毎度引き合いに出して恐縮だが、例えば大成建設が博多駅前道路陥没事故という失敗を「1週間で復旧しました!」という美談に変えてしまったように。

したたかな情報戦略が今土木やコンクリートに求められているのではないか。

(事実、大成建設のチャンネル登録者数は3000人超とスーパーの中でも頭一つ飛び抜けている。ちなみに、5位は清水建設という結果だった)

メディアは土木やコンクリートを報じない。

ドラマティックではないからだ。

誰かが不幸になっていないからだ。

であれば、メディアなんかに依存しないで自分たちの力で情報戦略を推進しなければならない。

オウンドメディア。

自分たちの価値は自分たちで世界に共有する。

自分たちの貢献をきちんと伝えていく。

生コンポータルがここ6年で経験したことは、自分ごととして機会や問題に臨んでいる消費ラストワンマイル(庭を整備しようとしている人)に情報を訴求したことで、プロダクトは売れる、という事実だった。

人々のニーズに訴えかける。

土木、あるいは、コンクリートは、人々にとっていかに必要不可欠であるかを訴求する。

伝える。

発注機関にプレゼンするだけではダメだ。

本来の顧客はどこにでもいる普通の個人、消費ラストワンマイルなのだから。



個人は非力かもしれないが、建設、コンクリート全体が同様のマインドを持つ。

情報共有は流動的でシームレスな社会にあって必須項目であるということを理解する。

泣かぬ蛍は身を焦がすなんて悠長なこと言ってはいられない。

自分たちの貢献をきちんと自分たちの力で社会に知らしめる。

産業カーストの底辺で長年自分たちの価値発信(営業やマーケティング)に身をやつしてきた僕の心からの実感である。



宮本充也

宮本 充也

主な著者
あとじゃん先生(宮本充也)

1級(造園・建築・土木)施工管理技士/コンクリート主任技士・診断士

メーカーは消費者のことを啓蒙する必要のある素人として軽んじている。
「最近の施主はインターネットで付け焼き刃に知恵つけやがって」
こんなプロ施工者や製造者のひどい声を聞かされることもしばしば。
ものづくりは消費者の方を見ていない。 [ 続きを読む ]

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