2016/06/05
創業者辰雄30周忌「それぞれの中心にあるもの」
変化はとても淡々と繰り返されていく。
30年前の6月24日、
長岡生コンクリート創業者辰雄は他界した。
ほとんどの生コン会社がそうであるように、
大黒柱を失った、宮本家と長岡生コンクリート、
そして、30年間が「なんとなく」今日まで過ぎた。
この、振り返ってみると「なんとなく」としか表現できない、
時の流れの中で、あまりにも多くの変化が起きたことを感じる。
単なる小学生だった僕は経営の陣頭指揮に立ち、
変わらぬ家族経営の家族には当時のぼくと同じくらいの少年が暮らす。
30年前と変わらず、生コン車は建設現場に生コンを届けて、
社会の大きな変化に臨んで、一人ひとりの努力が自らの変化をもたらす。
家族経営とはいえ、会社は私物ではない。
経営者がいくら奢っても、経営者の意志とは違うところで会社は変化する。
今のぼくより少し若いころの創業者辰雄はどのような思いで起業したのか。
それから20年経ち、本人は自らの命を終える。
経営者も従事する会社員も、
・体調の悪い時も、
・二日酔いでつらい時も、
・睡眠不足の時も、
・絶好調の時も、
・家庭に不安があるときも、
・気持ちがふさぎ込んでいるときも、
・ものすごくうれしいことがあるときも、
僕たちは長岡生コンに出勤して、生コンを建設現場に運んできた。
一人ひとりの感情を包み込み続く長岡生コンクリート。
地域を中心とした関係者とのつながりに支えられ、
今は、家族経営の大黒柱も僕に代わって、
毎日毎日なんとなく繰り返されている。
きっと30年後も僕は普通に生きていて、
今日を含めた30年間のことを「なんとなく」と表現していると思う。
創業者没後30周忌を迎え、僕が今日感じていたことは、
「なんとなく」あっという間に過ぎていく時間の中で、
慌ただしく一人ひとりは未来に向かってそれぞれの歩調で歩んでいるけれど、
心の中心には大切な「なにか」をみんな持っていて、
その「なにか」はほとんど意識されないけれど、
それの「なにか」を大切にして未来につなげる努力を、
一人ひとりが続けているから、
後で振り返ると、30年という長い年月の蓄積に気づく、ということ。
誰にでもある心の中心にある「なにか」にたまに意識を向けて、
そのかけがえのない大切なものを、未来に残していくこと。
それがとても大切なことだと強く感じた。
今日は、その大切な「なにか」に気づくことができた気がする。
再新再生を果たす長岡生コンクリートは、
とても大切な「なにか」をこれからも30年50年と未来につなげていきます。
宮本充也