2016/12/10
「東京の生コン」 不自由・狭い・素晴らしい
よく、人の可能性には限界がない、なんて言われる。
「無理だ」
と決めているのは実は自分であって、
限界はまだまだ先、向こう側にあると。
今日は東京の生コン工場をGNNワークショップの一環で訪ねている。
ワークショップの構成工場は、
「地方、専業社」
が多く、東京に比べてゆとりのある操業をしている。
だから、ちょっとすごい条件で操業をしている生コン工場を訪ねて、
違った角度から自社の経営を見つめなおしてみよう。
そんな趣旨で今日一日2工場を回る。
もしかしたら、日本一狭い生コン工場なんではないか?
300坪を大きく下回る狭い土地で生コン工場が操業できる
300坪を下回る規模。
因みに、僕の工場は2,400坪とか。
10倍近い違い。
「やれるんだ」
正直な感想である。
人は環境の生き物だから普段の暮らしにいい意味でも悪い意味でも、
慣れる。
そこに、安心領域(Confort Zone)ができあがって、そこから出ることに、
ストレスを感じる生き物。
これが、つまり、変化を嫌う人間の特性となる。
でも、変化をしなければ、進化成長は生まれない。
だから、一所懸命動機づけをして変化を促そうとする。
動機づけにはネガティブなものとポジティブなものがあるけど、
「自分を追い込む」
ことで生まれる変化のほうがどちらかといえば切実。
・東京大学に入るとかっこいい
・東京大学に入らないと殺される
どちらがより切実かといえば、後者である。
なっちゃえば、なんとかなる。
敷地で言えば10分の1程度しかないところでたくましく、
うちの工場よりもより大量の生コン工場を眺めると、
「人には限界なんかないのかもしれない」
そんな風に思ってしまう。
それと、
生コン工場という存在は実に面白い興味深いものだと感じる。
他の商売と違って、そこで操業するしかない。
「ここ、宅地なんで生コン工場操業しないでください。代替地見つけますから」
これが利かない。
東京では仮に代替地を見つけるとなると、
遠く都心を離れて山奥の方になってしまうという。
1時間半以内に運ぶ
それがルールの生コン工場は、宅地だとか既存不適格だとか、
そんな一般のルールが通用しない。
残コンの問題もそうだけど、
社会が創り出したルールはどうも生コン工場にとって不利なものが多い気がする。
これからますます窮屈になる生コン業と生コン業界。
他地域や条件の工場を見ることで、
自分たちが勝手に創りだしてしまっている殻みたいなもの。
Comfort Zone
をぶち壊して、どんどんリニューアルを果たして、ガンガン攻めるべきだと思う。
その走った道を振り返れば「新しい生コン業」ができているんだと思う。
宮本充也